7. フロイス 『1582・3・4年日本年報』 独訳・1586年

日本年報 FROIS.Luis.    Fernere Zeitungauss Japon, dess zwey vnnd achtzigsten, drey vnd achtzigsten, vnd vier vnd achtzigsten Jars.    Sampt Langstgewünschter frölicher Bottschafft, auss der gewaltigen, biss anhero Haydnischen Landschaft China, dess 83. vnnd 84. Jars: von dem daselbst engehenden Christenthumb.    Gedruckt zu[m] Dilingen, durch Joannem Mayers, 1586.    8vo.    Cardier BJ80; Kaures 186; Streit IV. 1676.

 ルイス・フロイスは1532年リスボン生まれ、十六歳でイエズス会に入会し、インド布教に携わったのち、1563年から1597年長崎で死去するまで三十四年間日本に滞在しています。彼の遺著『日本史』は今世紀になってはじめて広く知られるようになりましたが、フロイスがローマに送った数々の詳細な報告は、その優れた観察眼と文才によって今日高い評価を受け、イエズス会の布教文献のなかで日本書簡が質量ともに卓越しているのも、その功績によるところが大きいといえるでしょう。

 1582年の年報は十月三十一日の日付がありますが、実際に執筆されたのは六月。間もなくおこった本能寺の変を報告するため、彼は十一月五日付けの通信を書き送っています。1583年、1584年の年報もフロイスの執筆。このほか年報の補遺として政治状況をつぶさに描いた1584年一月のヴァリニャーノ宛書簡、八月の総長宛書簡も収録されています。

 初刊は同年、イタリア語版。ローマ、ヴェネツィア、ミラノで刊行され、パリではフランス語訳、セヴィリアでスペイン語版が出版されています。フロイスが寵愛を受けた信長の死は、この報告書によってヨーロッパ中に伝わったのでした。

 邦訳:松田毅一監訳『十六・七世紀イエズス会日本報告集』第三期第六巻(京都 1991)(198.2/J97)


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西洋の日本観