桃太郎 英語後期版 大判 |
明治時代に新しい絵本が生まれました。それは江戸赤本の伝統を汲むものでしたが、和紙を使用し、木版多色刷りで挿絵を入れ、文章を活版で印刷し、縮緬布のような風合を持った絵入り本で、ちりめん本と呼ばれる欧文和装本でした。
ちりめん本の生みの親、長谷川武次郎は、1853年(嘉永6年)江戸に生まれました。武次郎は、当時の日本では英語を取得することが学問や商売にとって必須と考え、1869年(明治2年)、英語を学び始めました。彼は近代商業についても学び、貿易や出版に関する知識も習得していきました。商人としてばかりでなく、彼はちりめん本を作る職人達を取りまとめる才にも長け、英語を駆使して翻訳者と交渉し、国際出版の礎を築いていったのです。
こうして、1885年(明治18年)初秋、武次郎の努力によって「桃太郎」や「舌切雀」等を筆頭に、英文による「昔噺集」が生まれ、日本の出版業界が新しい時代への一歩を踏み出したのです。
ちりめん本「日本昔噺集」では英語版の他にフランス語版、スペイン語版、ポルトガル語版及びドイツ語版などが出版されました。表紙を比べると、各版とも同じ絵柄に見えますが、細部や刷り色などは微妙に違っています。「日本昔噺集」の他に、日本の文化や風俗をテーマにした書籍や「暦」等も出版されました。本学附属図書館では、多少ですがイタリア語版やオランダ語版の「暦」も所蔵しています。
桃太郎 仏語版 | 桃太郎 独語版 大判 | 桃太郎 葡語版 | 桃太郎 西語版 |
ちりめん本が誕生した頃、ヨーロッパでは浮世絵の影響によるジャポニズム文化の最盛期でした。考案者の長谷川武次郎は、日本の伝統工芸である多色刷り木版による絵本を、江戸時代から続く和紙の縮緬加工を改良した新しい技術で、長谷川版のちりめん本を完成させました。
ジャポニズムそのものであるちりめん本は、当然のごとく外国人に大人気でした。ちりめん本は日本国内ばかりでなく、海外へ輸出されるようになりました。英語版以外にはドイツ語版、フランス語版、スペイン語版やポルトガル語版などを次々に出版し、輸出ばかりでなく海外の出版社との共同出版も行いました。
ちりめん本で最も多く出回ったのは英語版でした。その中でもJapanese Fairy Tale Series.(日本昔噺集)は、20冊のセットとして大変人気を博したようです。翻訳はタムソン、ジェイムズ夫人をはじめヘボン式ローマ字を創始したJ.C.ヘボン、日本古典文学研究の大家B.H.チェンバレン、英語の教師として来日し、日本に関する随筆等を英文で発表、後に帰化して小泉八雲となったラフカディオ・ハーンなどが当たりました。
こうしてちりめん本は、ジャポニズム・ブームの後押しにより、日本文化を世界に紹介していったのです。
本学附属図書館では、ちりめん本、平紙本、茶表紙平紙本の三種類の版を所蔵しています。ちりめん本と平紙本の主な違いは縮緬加工の有無ですが、茶表紙平紙本は、表紙及び内部ともに墨一色刷りとなります。表紙は茶色の和紙に活版刷の簡単な題箋が貼付されているのみで、主に国内で外国語の教科書として使われていたようです。
ここでは「舌切雀」の例で各版の違いをご覧ください。
茶表紙平紙本独語版 | 平紙本独語版 表紙 | 英語後期版 表紙 |
茶表紙平紙本独語版 | 英語後期版 |
平紙本英語版 |
長谷川武次郎は、1898年(明治31年)から小泉八雲の5冊の怪奇的な昔噺をちりめん本のシリーズに加えました。
出雲時代以来、節子夫人の語る昔噺や伝説に耳を傾けた八雲は、こうして得られた豊富な民間伝承を文学の素材として見事に活用したのです。その成果は八雲が発表した数々の英文随筆集などを通じて、20世紀初頭の欧米やインド、東南アジアなどの世界中の読者の興味をひきつけ、日本に対する関心を高める上で大変効果的でした。
一般に八雲の作品の多くは大人向けで、ほとんどの作品は、まず英語圏で出版されました。しかしその中でもこの五冊の民話絵本は例外としてあげることができるでしょう。なぜならこの五冊すべてが日本で出版され、子どもを含む家族全員が楽しめる作品として誕生したからです。
八雲の昔噺は、後に帙入りの大判五冊のセットとして生まれ変わり、長く版を重ねたのでした。
猫の絵ばかりをかいた小僧の話 英語版 大判 | お団子ころりん 英語版 大判 | 不老の泉 英語版 大判 |
化け蜘蛛 英語版 大判 | ちんちん小袴 英語版 大判 |
ちりめん本は「暦・カレンダー」等を通じて日本の文化や風俗を次々に世界に紹介していきました。その形は冊子や短冊型など多種多彩でしたが、細部に渡り非常に手の込んだ作りであり、大変人気があったようです。
本学附属図書館では「日本昔噺集」ばかりでなく、「暦・カレンダー」等も多数所蔵しています。
本学附属図書館では三種類の仕掛本を所蔵しています。それは「八ツ山羊」「野千の手柄」「羅生門」の三冊の平紙本で、仕掛は夫々一ヶ所ないし二ヶ所施されています。仕掛といっても簡単なもので、貼り付けた紙をめくると中から別の絵柄が出てきたり、折り込まれた紙を開くと絵柄が広がるといった程度のものでした。仕掛はちりめん本には向かず平紙本のみに施されました。
ご覧のように大変興味深い仕上がりとなっています。
八ツ山羊 その1 | ||
八ツ山羊 その2 | ||
野干の手柄 | ||
羅生門 |
本学附属図書館では児童文学の研究者や、経師、古書店などの協力を得て、当時の風合に近いちりめん紙を復元しました。
ここではちりめん紙ができるまでを簡単に紹介します。