この宮は源頼義の勧進で康平6年(1063年)に由比ガ浜字鶴ヶ丘に建立されたのであるが、建久4年(1193年)に頼朝が現在の地に遷した。鶴ヶ丘の旧称はそのまま残された。石段の上が本殿、左下は神楽殿。画面左の大銀杏は公暁が潜んで源実朝を暗殺した「隠れ銀杏」。慶応3年頃、ベアトの撮影。モノクロ / 21×28cm
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